●赤道儀の追尾精度2016/04/06 00:17

●赤道儀の回転の仕組みと必要な精度
写真は20cm赤道儀用のウォームホイールとウォームネジ、それと極軸を支えるベアリングです。その下の図はピリオディックモーション(以下PM)の原因を示した図です(以前の記事の再掲載)。
このように赤道儀はウォームホイールを、ウォームネジ(ウォームはWarmでイモムシの意味)で1日約1回転の超低速かつ超高精度で日周運動で動いて行く星を追尾しているわけですね。

赤道儀に使用されるウォームホイールとウォームネジは、一般品の高速でガンガン回すための減速ギヤとは似て非なる物で、精度が一桁も優秀な専用品ということを念頭に置いてください。
30~40年前の 「赤道儀を購入する人の90%は星野写真撮影に使う」 と言われた時代。星野写真撮影に使える追尾精度がない赤道儀の量産メーカーは姿を消したように思います。それが理由で手を引いたメーカーばかりではないでしょうが、高精度のビクセンさんとタカハシさんだけ残ったのかな?
両社にギヤの精度や製作法をお聞きすると、それはもう通常の機械加工のレベルではなく、夢の様な匠の技や精密加工機械を結集して素晴らしい高精度を達成していることに驚きます。
ビクセンさんは独自の装置でウォームネジの偏芯をテストして合格品を極軸に使っています。それを星爺も真似してウォームネジを数百本作り偏芯テストをして、良い物だけを合格品として極軸に用いるようにしています。※不合格品はこれから作る赤緯軸や微動雲台などに用います。


●追尾精度=追尾の進み遅れの幅=ピリオディックモーション
赤道儀のモーターは通常は水晶発振で動くので、クォーツ時計のように正確に回転します。しかし、モーターだけ正確に回っていても、ギヤなどの精度不足で追尾速度は「速くなったり遅くなったり」を繰り返します。望遠鏡の視界の星(撮影中の星)が、ゆっくり西に動いて行ったら いったん止まった感じになって、今度は東に動いて行って再び西に動く振る舞いを繰り返すわけですね。
この周期的な動きをPM(Periodic Motion)と称し、 PE(Periodic Error)とか、たんに「追尾精度」とも言われます。PMのデータは東西(日周運動方向)の振れ幅の角度で±○″と示します。原理的にふつうはウォームネジ1回転の周期で、ほとんど同じPMの振る舞いが繰り返されます。
PMの振れ幅が星を撮影するレンズの 「最小星像±○″」 より大きいと、そのレンズを追尾できる精度は無いわけですから、PMは星野写真撮影に使う赤道儀のもっとも重要な性能です。

PMの原因には主に上の図と下記に示した4種類があります。各々がウォームネジ1回転の周期を持ち、これらが赤道儀に組み上げた際に全部重なってPMとなって現れます。
信じられないかもしれませんが、長い望遠レンズの星野写真撮影に使用できる追尾精度の赤道儀には、各々の原因になる加工精度に計算上は1/1000mm以下の、一般的な機械加工精度をはるかに超越したものすごい精度が必要です。

①ウォームネジのピッチ誤差(乱れ)によるヨロメキ運動
ウォームネジのピッチが乱れていると追尾速度の進み遅れが生じます。たとえば小型赤道儀の直径70mm程度で歯数144枚のウォームホイールでは、ウォームネジに1/100mmのヨロメキがあると1回転10分の周期で±30″程度のPMとなって現れます。50mm標準レンズの追尾許容誤差は±40″ほどなので追尾可能ですが、長い望遠レンズを追尾できる赤道儀のウォームネジは突拍子もない高精度なのです。

②ウォームネジ軸受けの精度によるスラスト方向のブレ
ウォームネジを支える軸受け部が図の左右にブレると、ネジのピッチ誤差と同様にPMとなって現れます。ピッチ誤差や軸受けの誤差は、慣らし運転(エージング)をしてもほとんど良くなりません。

③ウォームネジの芯出し誤差による1回転毎のトルク変動
これがもっとも強烈なPMの原因なことが多いです。非常に繊細なウォームネジに芯出し誤差(偏芯)が僅かでもあると、ウォームホイールへの押し付けは強くなったり弱くなったりを繰り返します。
強く押し付けられる部分では回転が渋くなるため、モーターは定速回転していてもウォームネジに達するまでのギヤヘッド他のたくさんのギヤの隙間などが縮んでトルクを吸収して回転が遅くなります。弱く押し付けられる部分にさしかかると吸収が反発して速くなって1回転毎のPMが生じます。
トルクの吸収と反発は主にギヤヘッド部で生じますが、モーターの取付部のたわみや伝達ギヤ部でも生じます。ベルト駆動は反対側のベルトとの張力差が大きなPMとなって現れます。

④ウォームネジに付けたスパーギヤの偏芯による速度変動
ウォームネジに付けたスパーギヤが偏心していると、1回転毎にスパーギヤの直径がほんの少しですが大きくなったり小さくなったりを繰り返すので、やはりウォームネジ1回転毎のPMが生じます。
また、スパーギヤ以外のピニオンギヤなどが偏心していると、ウォームネジ1回転のPMとは別に そのギヤの周期のPMが生じます。ギヤ同士の噛合せがキツ過ぎるとトルク変動も発生します。

参考=※バックラッシュを嫌ってウォームネジの押し付けを強くする人がいますが、強くし過ぎるとPMを増長させてしまいます。極軸のウォームネジは優しく緩めに押し付けるべきです。
PMの原因はモーターからウォームネジ/ウォームホイールの摺動部間にあるので、ウォームホイールの大きさに比例してPMは少なくなり  「ウォームホイールの大きさは七難隠す!」 のです。

このようにPMは主に4種類の原因が重なるのですから、偶然に原因同士が相殺されるように赤道儀が組立てられれば、PMは各々の原因の加工精度よりずっと 良くなる場合があります。逆に原因が相乗されて悪くなってしまう場合もあります。なので、PMは設計段階やパーツの加工精度から類推することは難しく、どうしてもアタリ/ハズレが出てしまいます。赤道儀に組立ててからPMの測定をしてみないと追尾精度はわかりません。「追尾精度は赤道儀に聞いてくれ!」って感じですね。
時間をかけて組立てとPMテストを繰り返し、各々の原因をうまく相殺する組立てをすれば、かなり良い精度に追い込むことは可能です。メーカーさんはそれをやっているのかな??
※このようなことから、調子の良い赤道儀は調整やオーバーホールはしない方が無難です。

昔はあり得ないほどの高精度のPMを標榜するメーカーもありましたが、最近はカタログにPMを明記する大手量産メーカーはほとんどなくなりました。根拠の無いデータを出さないのは良心的と言えますが、PMを明記しないのは星野写真撮影の機材としては、いかがなものかとも思いますけどねぇ。

●PMを撮影してみよう!
星野写真を撮影する赤道儀のユーザーさんは、PMを撮影/測定してどれくらいのレンズをガイディング無しのノータッチで使用できるかを確認してみましょう! その結果、あまりにも追尾精度が悪かったらクレームの証拠写真にもなりますし、あり得ない高精度を喧伝するメーカーが出て来て初心者が翻弄されないようにするためにも、天文ファンはPMの測定を常識にするべきと思います。
今回は難しい話は一切省略します。 PMを撮影するレンズでそのまま追尾撮影をしたら、星がちゃんと点像に写るかどうかの簡単な確認だけしてみましょう。 PMの写真が撮れたらぜひ見せてください。ユーザーがPMの写真をたくさん発表すれば、赤道儀の精度向上に寄与すると思います。

上の図はPMの様子をグラフにしたものです。赤道儀の極軸をわざと東西のどちらかにズラして南の天の赤道付近の星空を10分程度露出をすると、星は赤緯方向(図の上下方向)に流れて、このグラフと同じような星の軌跡が写ります。下の上のPMの写真はそんな軌跡を描いていますね。
PMを撮影するレンズは、できるだけ望遠が望ましいです(弊社では1200mmで撮影しています)。 でも、今回は標準レンズでもズームレンズでも望遠鏡でも何でも構いませんので、とにかくPM撮影を体験してみましょう。光害も月明かりも関係ありません。北極星が見えなくてもなんとかなるでしょう。
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・露出時間が長いのでカメラの感度はISO100~ISO200にする。
・絞りは光害に応じてF5.6~F11くらいにする。
・極軸を東西のどちらかに2~3°ズラして赤道儀を設置する。
・星の動きの速い真南の天の赤道を付近を写す。地上高度なら55°くらいのところ。
・夏や冬の天の川の中なら、適当にどこを撮影しても星がたくさん写る。
・今の季節は真南に星が少ないので、他の場所の明るい星を写してもまぁOK。
 ですが、星の動きの速い赤道を離れると測定結果がどんどん甘くなります。
・露出時間は10分程度。光害で露出オーバーならもっと短くする。
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極軸の東西のズラシが大きすぎると、星は赤緯方向にうんと流れて写るので、適宜に調整してみてください。極軸の東西のズレに加えて上下のズレがあると、それが追尾速度に反映されて下の写真の様に星が正しく上下(赤緯方向)に流ず斜めに流れて写りますが、これもまぁOKとしましょう。
◆ウォームホイール歯数144枚の赤道儀はPM(ウォームネジ1回転)の1周期は約10分です。歯数が180枚なら8分、288枚なら5分、360枚なら4分。 1周期分以上の露出でPMを撮影したいです。

300mm望遠で写した普及品のドイツ式赤道儀のPモーション。10分露出で歯数144枚のウォームホイールなので、ちょうどウォームネジ1回転分が写っている。300mm望遠は追尾できない精度であることが一目瞭然。85mm程度ならガイディング無しのノータッチ撮影ができそう。PMは±35″程度。

300mm望遠で写したポタ赤 SWAT-200のPモーション。完全に直線ではなく少し乱れているので、200mm望遠ならば完璧にノータッチ撮影できそう。測定するとPMは±10″以下で公称値のとおり。

このようにPMを撮影してみると、所有する赤道儀の追尾精度の悪さにガッカリする人の方が多いと思います。 安価なポタ赤は標準レンズでもPMが写るほど精度の悪い場合もあると思います。
でもまぁ、上下の星の流れが完全に直線に写らなくても、星の軌跡の太さの2倍程度のPMなら明るい星は滲んで大きく写り、うんと暗い星は流れて淡くなって写らないので、案外使えてしまうものですよ。 もちろん北の方向を写す場合は、日周運動の動きが少ないのでPMの影響はだいぶ減ります。

実際の星野写真の撮影では、ISO1600ならば光害の少ない星空でF2.8で適正露出は1分くらいでF4では2分くらいです。したがって、露出中にうまい具合に上のPMのグラフの星の移動方向が反転する部分に当たれば、追尾精度の良くない赤道儀に望遠レンズを載せても星は点像に写ることがあります。短めの露出で何コマも撮影すると、流れたカットと流れないカットが得られます。なので、追尾の成功率が50%以上あるなら 「それで充分に実用になる!」 という考え方はアリですよね? 
ポータブル赤道儀と露出時間が短くて済む高感度なデジカメの登場で、星野写真はずいぶん気楽なものになりましたね。 感材にお金がかからないことも大きな利点です。

●最後に諸々の補足です
ウォームホイールは高精度なギヤに見えても、実際はそれほど精度は必要ありません。しかし、極軸を取付ける際にウォームホイールが偏心して、1日1回転の間にウォームネジに強く押し付けられる部分と弱く押し付けられる部分が生じ、強く押し付けられる部分でPMを増長することがあります。
そこで弊社では、ウォームホイールの母形を極軸に取付けて赤道儀のダミーに組み込み、実機さながらに極軸を回して歯切りとエージングをするので、ウォームホイールの偏芯はほぼゼロです。

前回の拙稿http://tentai.asablo.jp/blog/2016/03/27/8058123)の補足。
「追尾精度の良くない赤道儀にオートガイダーを常用するのもアリ」と書きましたが、赤道儀の追尾精度があまりにも悪いとオートガイダーが働きにくかったり、ガイド星を雲が通過したりするとガイド星を見失うなどのトラブルが出てしまいます。 やはり赤道儀は追尾精度が命です。

オートガイダーを使う場合は極軸設置もある程度は正確でないと、露出時間が長い場合はガイド星を中心に画面が回転して写ってしまいます。広角でも望遠でも回転角は同じなので厄介です。

三脚などの強度(これが見過ごされていることが多い)が完璧で、追尾精度が完璧で、極軸設置が完璧でも、大気差による天球の歪で長い望遠レンスの追尾が完璧にできるわけではありません。オートガイダーの適宜な投入は面倒ではありますが とても有効な手段です。
 
北極星は歳差で動くので極望のスケールパターンには、2000年、2010年、2015年などの北極星の導入位置のマークが印されていることが多いです。では、古い極望は2016年以降の北極星の位置マークが無いからダメかというと、過去の位置マークが直線的に印されている場合は、その延長上にだいたいの見当で歳差の分だけズラせば、実用上は問題ないと思うのですが、いかがでしょうか?
北極星以外の星も使うスケールパターンの場合も、プラネタリウムソフトの「視位置」で各星の位置を検証してスケールパターンに印すか、だいたいの見当でズラして使うことは充分可能と思います。